3. 「知的財産」をデザインする

知的財産(Intellectual Property)とは、無形のもの、特に思索による人の創造的活動により生み出された表現、発明、考案などをいう。具体的には、「知的創作物(産業上の創作・文化的な創作・生物資源における創作)」と「営業上の標識(商標・商号等の識別情報・イメージ等を含む商品形態)」および、それ以外の「営業上・技術上のノウハウなど、有用な情報」の3つに大別される。

知的財産権は、この無形の知的財産の功績や権益を保証するために与えられる財産権のことである。知的財産権は、著作権、特許権、実用新案権、意匠権、商標権、そして不正競争防止法上の諸権利や肖像権といったものがここに含められることもある。

日本では、2002年に小泉内閣が知的財産立国を目指す政策を打ち出して以降、知的財産戦略という言葉が日の目を見るようになった。しかし、知的財産戦略というものは決して新しい考え方ではない。古くは古代メソポタミアの鉄の製造方法や、古代中国の磁器や絹の製法も、本来フリーであるはずの製法という情報を厳格に機密管理するという原始的な形ではあるが、国家戦略上きわめて重要な知的財産であった。

それ以降、活版印刷技術や産業革命といった大きな技術革新により、情報の価値が高まることに伴い、知的財産の価値も飛躍的に高まっていった。それにより、知的財産を保護する方法は法律により整備され、先に述べた知的財産と呼ばれる権利が生まれ、その権利保護は現代に至るまで強化されてきた。知的財産の歴史は、無料であるということ、そして自由に利用可能であるという二重の意味で本来フリーである情報というものを法律により権利化し、保護を強化することによって情報の独占を競う歴史だったということができる。

だが、ここにきてインターネット/デジタル技術の発達がそのような状況を変容させようとしている。

ティム・バーナーズ・リーが発明したインターネットというアイデアを具現化したワールドワイド・ウェブは、テキストや写真・映像等のイメージによる知見、文化・風習、芸術、ビジネスの仕組みなど、あらゆるクリエイションを人類史上最も安価にデジタル化して共有・拡散することになった。それは旧史以前の情報がフリーであった状態とよく似ていると言っていいだろう。

従来の知的財産保護は、国家によるトップダウンで決められた法律によってなされてきた。しかし、上述のような、インターネットの特性は、当然のように、従来の知的財産の保護強化の動きと衝突し、インターネット上では、過剰の権利保護は逆にクリエイションを萎縮することとなった。インターネット上に溢れる複製物・二次創作物などの著作権の問題に顕著なように、トップダウン式の法による規制は限界を露呈している。

また、インターネット/デジタル技術の発達により、クリエイティブ・プロダクションは小規模化・個人化するとともに、クリエイターは消費者・ユーザーに対し自らのクリエイションを直接届けることが可能になった。しかし、そのようなプロダクションの小規模化・個人化、生産と消費の直結化によって、クリエイターはクリエイションの届け方までコントロールする必要が生じてきており、そこには必然的にクリエイターが法律についてある程度リテラシーを有することが求められるようになってきている。

このインターネット/デジタル技術の発達によって引き起こされた、法規制の限界と、クリエイション・コストの減縮化により、インターネットを媒介としたクリエイションにとって「アーキテクチャ」(取り巻く環境や構造の意)を私人と私人との間での利用規約等のライセンスでどう設計・デザインするのかが重要になってきている。それは、ニコニコ動画や、初音ミクのキャラクター、Perfumeのモーションデータ、そして漫画「ブラックジャックによろしく」などのUGC(User-Generated Contents)の盛り上がりを見れば自明であり、消費者・ユーザーに適切な形でコンテンツを解放することで、さらなる表現の発展、ビジネスに結びつくことが明らかになった。従来型の国が決定した法律による権利付与という知財戦略ではなく、私人と私人の間におけるライセンスにより法律をオーバーライドすることにより、クリエイションを萎縮させるのではなく、加速させる知財戦略が可能になり、知財戦略は新しいフェーズに入ったと言えるのである。

本講座第5回、第6回においては、インターネット/デジタル時代において、クリエイションに携わる者として最低限の知的財産権に関する知識を確認するとともに、今の時代において、上述のような著作物の円滑な流通・利用(オープン)と権利保護(クローズド)のバランスをいかに調整するか、そしてその調整をどう自らの表現やビジネス戦略に落とし込むことができるのか、という「知的財産のデザイン」を具体的な事例やゲストの経験談をもとに考えてみたい。

水野祐(弁護士/Arts and Law)


法律のある風景 ― Legal Perspective Vol.3
「ブラックジャックによろしく」

2012年9月15日、漫画家の佐藤秀峰氏は、漫画作品「ブラックジャックによろしく」の二次利用
規約を発表し、同作品の二次利用を自由化しました。現在、同作品は多くの個人/法人によって
アプリ化・書籍化され、多くの人の目を楽しませています。
佐藤氏の例やクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのように、ときに使い勝手の悪い著作権法のルールを、個人間の契約で上書きする試みが行われるようになりました。このような試みの先には、インターネット時代に即した新しい知的財産権の風景が広がっているのかも知れません。



佐藤秀峰「ブラックジャックによろしく」
漫画 on web http://mangaonweb.com/

佐藤秀峰先生は出演しません。
画像は題材として取り上げているのみなので、ご注意ください。

著作権
人の思想・感情を表現した「著作物」の利用を独占させる権利をいいます。著作権が発生した著作物は、原則として、著作権者に無断で利用することはできません。「ブラックジャックによろしく」の場合も、同作品を著作権者に無断でコピーして使ったり、インターネットで配信したりすることはできず、パンフレットに勝手に掲載することもできないのが原則です。

引用
著作物を無断利用することはできないのが原則ですが、「引用」する場合には例外的に利用することができます(著作権法32条1項)。ただし、引用は、公正な慣行に合致する方法で、かつ、引用の目的上正当な範囲内で行なわれなければなりません。「ブラックジャックによろしく」の絵をパンフレットに適法に引用するためには、その利用範囲や分量を最小限度にし、引用の必然性がある掲載方法にするなどの工夫が必要です。

「ブラックジャックによろしく」利用規約
「ブラックジャックによろしく」は、作者である佐藤秀峰氏と有限会社佐藤漫画製作所が定めた利用規約に従えば、商用・非商用にかかわらず、事前の承諾を得ることなく、無償で複製やインターネット配信、パロディ、映画化、商品化などをすることができます。「引用」に該当しなくとも、このように自由にパンフレットに掲載することが可能です。