はじめに:講座「Creators and Law」について

「Creators and Law」は、東京都と東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)が展開する「東京アートポイント計画」の一環として実施されている人材育成プログラム「Tokyo Art Research Lab」において、2012年9月~2013年1月に開催された講座です。

「Creators and Law」は、その名の通り、アーティスト/デザイナー・ウェブデザイナー/組織・プロジェクトの主催者・マネージャーなど、多様なフィールドで活躍する広い意味でのクリエイターの方々に向けて、創造的な活動に関わる法的知識をお伝えする講座として開講されました。
本講座は、全6回/3テーマで構成され、奇数回はプロジェクトを遂行する上で避けられない法的課題を紹介するレクチャーを、偶数回はゲストと共にその解決方法を考えるというトークという形式で進行しました
単なる法律講座でもトークイベントでもなく、講座自体がクリエイターと法律家の一つのコラボレーションの形になるよう、本講座はゲスト・クリエイターへのヒアリング・リサーチに基づき作られています。 

「Creators and Law」でお伝えしたいことの一つは、「法律」から「デザインツール」へのリフレーミングです。一般に「難解でハードルが高く、活動の障害となるもの」とイメージされてしまいやすい「法律」を、このレポートを通じて、「クリエイターの社会環境を積極的にデザインすることのできるツール」であると捉え直していただき、少しでも法律/法律家を身近に感じていただければ幸いです。


第1回:「リアルスペース」をデザインする/レクチャー

Arts and Lawがコーディネートする講座シリーズ、「Creators and Law―Creative Projectのためのリーガル・デザイン」の第1回・第2回が2012年9月29日(土)に開催されました。 本稿では、“「リアルスペース」をデザインする―不動産取引、コワーキングスペース、クラブスペース運営など”と題して、Arts and Lawの永井幸輔、藤森純の両弁護士が行った第1回のレクチャーをレポートします。

リアルスペースにおける新しいルール作り
近年、個々のクリエイター間の情報共有・ワークシェアを可能にするツールが普及し、ワークシェアへの意識が高まりつつあるのを背景に、シェアハウス、コワーキングスペースといった比較的新しい不動産の利用形態が現れています。その一方で、公共空間における表現やその発表行為が公衆の批判にさらされたり、クラブスペースが警察による摘発を受けたりするなど、リアルスペースにおける表現や利便性と空間の公共性との緊張関係もまた目立ってきています。
今回のレクチャーは、リアルスペースにおける法的な課題とそれらへの対応の仕方を考えることで、思わぬ落とし穴にはまってしまわないように、また法の仕組みを知ることで逆に新しいアイデアを生み出すきっかけともなるようにと企画されました。
レクチャーは前半のタイトルを〈「リアルスペース」の確保〉、後半を〈「リアルスペース」の運営〉とし、前半ではクリエイターが不動産を確保するために必要な契約のルールや、新しい不動産の利用形態の紹介が、後半では、確保したリアルスペースでイベント等を行うために必要な不動産関連法規や許認可の解説が行われました。

リアルスペースとは? 
まず、永井幸輔弁護士より、リアルスペースの確保と運営の双方に共通する、「リアルスペース」の概要について説明がありました。
今回の講座では、「リアルスペース」とは、第3回・第4回で取り上げる「ウェブ空間」と対置する概念としての、人が集まる現実の空間、具体的には土地・建物等の不動産を想定しています。「リアルスペース」は現実の場所、具体的な場所を使いますので、場所の利用に関わる法的なルールが適用されることになります。イベント等のプロジェクトを安全に、また持続的に運営するためには、そのルールを知って上手く乗りこなすことが必要です。
「リアルスペース」に関わる不動産関連法規として、ここではまず「民法」が挙げられました。民法では、「物」という概念は、「不動産」と「動産」に分けられます(右図を参照)。リアルスペースの確保に当たっては、この「不動産」に関する契約がまず重要になります。 

リアルスペースで開催されるイベントは様々ですが、どのようなイベントであってもまずは会場を「確保」し、それからイベントを具体的に「運営」するという手順を踏む必要があります。
まず、不動産の利用を「確保」するためには、不動産を利用するための権利を得なければなりません。例えば、土地であれば、買うのか/借りるのか、建物であれば、建てるのか/買うのか/借りるのかでそれぞれ契約の内容は変わってきます。最近は、建物内のスペースの一部を借りたり、スペースを時間借りしたりする場合もあり、そのときにも契約の内容が変わることはおさえておきたいポイントです。これは、不動産という「ハード」面に対する法的なルールと考えられるでしょう。
また、不動産を確保したとしても、その場所でイベント等を「運営」するためには、いくつかの法的なルールに従う必要があります。例えば、建築基準法、都市計画法、消防法などの建築関係の法規や、飲食店、風俗店、興業場を運営する際に必要な許認可や届出です。これは、不動産の「ソフト」面に対する法的なルールと言えそうです。
このように不動産の利用を考える場合には、法的なルールを、「ハード」と「ソフト」の両面から押さえる必要があります。

不動産の利用に必要な「契約」
引き続き永井弁護士より、「リアルスペースの確保」をどうやって行うのかについて、留意すべき法的事項の説明がありました。 
まず始めに、次の設題が紹介されました。


Aくんは、自分達や仲間が楽しめるイベントを行う場所を作るために、イベントスペースを作ることにしました。

ひとくちにイベントスペースと言っても、色々なものがあります。屋内のクラブイベントにするか、音楽フェスのように野外で開催するか。物件は借りるべきか、安い物件であれば買ってもいいかもしれない。イベントに使うだけではなく、仲間で一緒に住んだり、共同の仕事場にしたりすることも考えられる。そうしたら、建物の壁に絵を描いてもいいな。道路を使って足場を置かせてもらえれば、壁一面を絵で埋められそうだ・・・。

さて、Aくんが無事にイベントスペースをオープンするためには、どのような手続を、誰との間で行う必要があるのでしょうか。


土地・建物を利用するためには、原則として、その持ち主や管理者と契約を締結する必要があります。不動産を利用する形態はいくつか考えられますが、購入する場合であれば「売買契約」、有料で借りる場合であれば「賃貸借契約」、無料で借りる場合であれば使用貸借契約と、それぞれの形態によって異なる契約を締結することになります。無断で使用した場合には「不法占拠」になり、退去を求められたり、損害賠償を請求されたり、場合によっては刑事責任を問われる場合もあるので注意が必要です。

「契約」というツール
次に、「契約」とは何かについて説明がありました。
「契約」は、法律の中で最も基本的なルールの一つですが、契約した者の間のルールを自主的に作ることのできる方法であり、トラブルの解決や事前の回避のための手段として、また新しい創造的なチャレンジをきちんと法律的にバックアップする際の手段として、非常に重要なツールです。
契約は、本講座「Creators and Law」全6回の中でも繰り返し登場しますので、ここで詳しく説明しておきましょう。
 契約とは、「当事者間における意思表示の合致(合意)で成立する法律行為」です。
「当事者」とは、契約を行う主体(つまり、あなたや、あなたの契約相手)のこと。契約は、必ず特定の人と人の間(法人や、国や地方公共団体の場合もあります)で取り交わされます。また、契約の効力は、この当事者である人の間だけにしか及ばないので注意が必要です。Aさんは、Bさんとの契約の内容を、Cさんに対しては主張することはできません。Cさんにも主張したい場合には、Cさんとの間でも別に契約を結ぶ必要があります。
また、「意思表示の合致」とは、取り決める内容について、当事者の両方がその内容で良いと合意することです。契約が有効に成立すると、当事者はその内容に拘束され、契約を守る義務を負います。どちらかの当事者が契約を守らない場合には、もう一方の当事者は裁判所で訴訟を提起し、勝訴判決を取れば、強制執行などの手続を使って強制的に契約の内容を実行させることができます。
ちなみに、契約書を作らなければ契約は成立しないのか、と聞かれることがありますが、契約は、口頭の約束だけで契約書を作成しない場合でも成立します。ただし、後でトラブルが発生することを防止するためには、契約書の作成が望ましいといえるでしょう(なお、契約書の作成が難しいといった事情がある場合には、合意の内容や契約締結までのやりとりをメールで残しておくということも次善の策として有効です)。

契約書の読み方
ここで、参考例として賃貸住宅標準契約書(1)が配られ、受講者に読んでいただきました。
契約書は、使われている言葉や言い回しが硬くて複雑なため、始めはどうしても読む気になれないものです(契約書を読ませないために、あえて契約書が難しく書かれる場合もあるといいます)。そこで、契約を読むときは、まずその契約書が一番言いたいことは何なのかを考えると良いとのこと(この契約であれば、「貸主が、借主に対して、●●という建物を貸すことと、その対価として●●円が支払われること」)。また、その後、契約の構成要素を「ひと」「もの」「こと」に分けて、複雑な関係を整理しながら読むといいでしょう。このように、それぞれの構成要素についてきちんと内容が決められているか、確認する作業が大切です。
  • ひと 主体:貸主(地主)、借主(Aさん)、管理人(管理会社)、同居人等
  • もの 客体:土地、建物、賃料、機材等
  • こと 取り決めの内容:売買、賃貸、仲介。 その他、契約期間、使用目的、禁止行為、修繕のルール等
「契約」は、法律による社会関係のデザインとも言えるでしょう。クリエイターがこの「契約」をツールとして使えるようになれば、とても大きい武器になり、また防具になります。 クリエイターが関わる仕事やプロジェクトの現場では、未だに契約書が締結されずに、口約束だけで進められることが少なくありません。しかし、契約書を避けて仕事やプロジェクトを進めるのは、丸腰で戦場に立つのと近い行為なのかも知れません。難しい内容だから…と敬遠せずに、少しずつでも契約書に慣れ親しんでみることをおススメします。

シェアハウスとコワーキングスペースのこと
続いて、最近話題として取り上げられることの多い「シェアハウス」や「コワーキングスペース」などの比較的新しい形での不動産の利用形態について解説がありました。 上記のひな形「賃貸受託標準契約書」のように、通常の物件の賃貸借については、契約の内容が定型的であることも多く、基本的な事項/例外的な事項を想定して契約を作っていくことができます。しかし、シェアハウス等の利用形態では、定型化された契約のひな型が出回っていない場合が多く、どのような目的で、どのようなルールを作るのか、ケースバイケースで契約をデザインしていく必要があります。
シェアハウス(2)の概念については、一般的に定まった定義があるわけではありませんが、ここでは、一つの物件を親族関係や恋愛関係にない他人同士で、共同所有したり、共同で借りたり、利用権を設定したりして利用する形態をいうものと定義します。 物件をシェアハウスとして利用する際の契約としては、何か1つの決まった契約形態があるわけではなく、いくつかのパターンがありえるでしょう。主に考えられる形態としては次のようなものがあります。
  1. 入居者全員で建物を共同所有する場合
  2. 入居者の1人が建物の所有者となり、他の入居者に何らかの利用権を設定する場合
  3. 業者が建物の所有者から建物を借り上げ、各入居者に転貸する場合
  4. 入居者全員が賃借人となって、建物の所有者から賃借する場合
  5. 入居者のうちの1人(代表者)が賃借人として契約したうえで、他の入居者との間で家賃等の負担を内部的に分配する場合
このうち、1、2のような場合には、建物の所有者が自身も入居者としてシェアハウスで生活することになるため、他の形態に比べると比較的問題は生じにくそうです。一方、3~5のように建物の所有者と入居者とが分離する形態の場合には、未だシェアハウスという利用形態が根付いていないためか、きちんと建物を利用してくれるのか不安に思う所有者も多く、建物を貸すにあたって、定期借家契約の活用により更新を認めないような契約形態にすることもあるとのこと。特に5の形態の場合には、所有者は代表者以外と契約を結ばないことになるため、所有者としては好ましく思わない場合もあり、注意が必要です。また、代表者が退去する場合には、契約の当事者がいなくなってしまうため、原則として再度契約を締結し直さねばなりませんが、再契約を拒否されてしまった場合には入居者全員が出て行かなければならない、といったリスクも念頭に置いておきたいところ。
以上を踏まえると、安心して継続的にシェアハウスを利用するためには、どのような契約を賃貸人と締結するべきか、きちんと確認しておく必要がありそうです。
一方でコワーキングスペースは、それぞれ独立した仕事を持つメンバーが1つのオフィスに集まって働くことができるよう設計されたオフィススペースで、通常と異なり、1つの部屋を複数の利用者で利用する点が特徴です。場所によっては仕切りのないオープンスペースになっていたり、不特定の利用者に時間貸しをしたりする場合もあります。 従来からある自習室レンタル、間貸し、ケース貸し、ボックス貸しなどは、コワーキングスペースに近い形態と言えそうです。ちなみに、物件をコワーキングスペースとして利用する場合、考えられる契約形態としては次のようなものがあります。
  • 一時的な契約(時間貸し)の場合
  • 建物の一部貸しの契約である場合
  • 固定席のある場合/ない場合
コワーキングスペースの場合は、業者が所有者から借り上げ、各入居者に転貸するのが基本です。また、通常の賃貸借契約ではなく、「一時利用賃貸借契約」や「利用権設定契約」という形をとることが多いとのこと。これは、通常の賃貸借契約の場合に適用される「借地借家法」(これが適用されると、賃貸人は賃貸借契約の更新拒絶を簡単にはできなくなり、賃貸人にとって重い負担になる)の適用を避けるためです。これは逆に言えば、賃借人にとっては更新拒絶されやすい契約だということになります。その他、帯同させた第三者が建物に損害を与えた場合の賃借人の責任や、他の利用者との関係での受任事項(会議室やコピー機等の利用ルール、共有スペースでのイベント開催等)も規定されることがあるようです。
このように、コワーキングスペースの場合にはテクニカルに契約書が作られており、コワーキングスペースという利用方法が法的にも入念にデザインされている印象があります。

前半のまとめ
不動産の利用のあり方を、法律的にどのようにデザインするか、という観点で見ると、シェアハウスやコワーキングスペースのような比較的新しい利用形態については、現在進行形で、どのような契約形態をとるのがふさわしいのかについて日々試行錯誤されており、その中で様々な工夫を発見することができます。新しい仕事のあり方や新しいリアルスペースのあり方が作られるときには、その目的に合わせてどのように法的なデザインをするかを模索していくことも必要だといえそうです。
その場所でどんなに素晴らしいイベントやプロジェクトが行われていたとしても、場所を継続利用できなくなってしまえば、プロジェクトはその場所を離れざるを得ませんし、プロジェクトが頓挫してしまうことも少なくないでしょう。このように、プロジェクト運営にあたってリアルスペースを確保する場合には、どのスペースをどんな目的・態様で利用するのか、そのためにどのように「契約」を設計する必要があるのか、よく考えておくことが大切です。

































 【図】不動産の位置付け


























 



















































(1)国土交通省で公開している、住宅賃貸借の標準的な契約書のひな形。


























(2)シェアハウスとルームシェアを分けて考える場合もありますが、ここでは、ルームシェアもシェアハウスの一態様であると考えて整理しています。