第2回:「リアルスペース」をデザインする/トークセッション

Creators and Law第2回では、ゲストに寺井元一さん(株式会社まちづクリエイティブ/MAD Cityプロジェクト)と大山エンリコイサムさん(美術家)を迎え、プロジェクトや作家活動の中で、リアルスペースを巡る法律や規制とどのように付き合って行くことが可能なのか検証しました。

寺井さんは、2002年にNPO法人KOMPOSITION(コンポジション)を設立し、横浜や渋谷で行われた壁画プロジェクト「リーガルウォール」などの企画運営等、若いアーティストやアスリートのために、活動の場や機会を提供する活動を行っています。現在は、株式会社まちづクリエイティブの代表として、クリエイター層の誘致により松戸駅前エリアの活性化を目指す「MAD Cityプロジェクト」(1)を開始。多目的スペース「MAD City Gallery」の開設や、
「松戸アートラインプロジェクト」の運営などに携わっています。
大山さんは、美術家として活躍されており、「クイックターン・ストラクチャー」という独特のモチーフを軸に、ペインティングやインスタレーション、壁画などの作品を制作・発表しています。また現代美術とストリートアートを横断する視点から、論文執筆やシンポジウムへの参加も活発に行っています。2011年秋のパリ・コレクションでは「
コム デ ギャルソン」にアートワークを提供するなど、積極的に活動の幅を広げています。
今回のトークセッションでは、寺井さんには、松戸での壁画プロジェクト「MADウォール」(2)をはじめ、都市空間の中でどのように表現活動を実現できるのか、またアーティストやデザイナーなどのクリエイターがどのように街と共存して行くことができるのかといったトピックや、寺井さんが日々実践されている、アーティスト向けの物件提供や街中で行われる多数の企画・イベントといった活動の中で直面する法的なトピックについてお話を伺いました。 大山さんは、ストリートアートへの造詣が深く、都市空間におけるアートや情報空間のあり方に関する論考も多数発表されていること(3)、またMADウォールにもアーティストの一人として参加されていることから、大山さんには、リアルスペースにおける表現のあり方について、アーティストとしての立場からのご意見を伺いました。
第1回のレクチャーで検討した内容を踏まえ、お二人から表現の現場で起きている問題やトピックについてお伺いしながら、法律とリアルスペースの関係をより具体的に考えていきましょう。

寺井さんの活動紹介
KOMPOSITIONで寺井さんの手がけたリーガルウォールは、2003年頃、街の中の壁をキャンバスにしたいという寺井さんの思いからスタートしました。これは、ビルなどの壁をオーナーに提供してもらい、壁画などの作品のためのキャンバスにするプロジェクトです。桜木町、渋谷、六本木等で運営され、多くのグラフィティ(4)ライターともコラボレーションしました。「桜木町 ON THE WALL」では、横浜市からの委託を受け、桜木町の旧東横線高架下にある約1kmの巨大壁面を、合法的な壁画のキャンバスとして開放しました。グラフィティはある種閉鎖されたコミュニティの中で親しまれてきたという側面もありますが、このプロジェクトはグラフィティ関係者と一般の画家やイラストレーター(なかには地域の小学生たちなども)が共存する形で参加した稀有な例だったと言います。 リーガルウォールは、そのほか、渋谷を拠点に展開されました。ところが、渋谷の不動産のオーナーはビジネスとして土地や建物を貸し、別の場所に住んで生活していることが多く、寺井さんは街の一体感を感じるところまでは至らなかったそうです。また、2000年代後半から渋谷では防犯カメラの設置が始まって、街中の行動がモニタリングされるようになり、渋谷のクリエイティビティにまつわる環境に行き詰まりを感じるようになりました。

そこで、寺井さんは、活動の拠点を千葉県松戸市に移し、まちづクリエイティブを立ち上げます。まちづクリエイティブのステートメントは、「クリエイティブシティ」(5)の手法で地方都市のまちづくりをすること。クリエイティブシティとは、簡単に言えば、アーティストが入り込むことで、アーティストを中心に街の文化や産業が育まれ、街が栄えるという手法です。特に海外では、産業が空洞化し工場や廃屋で溢れるようになった都市を再活性化していく試みとして、クリエイティブシティの手法が活用されています。 寺井さんは、日本でクリエイティブシティがうまく機能しているケースは少ないと言います。それは、海外との法制度の違いもあるのかも知れません。例えば、海外では、不法占拠によってアーティストが廃墟に住み始めた場合、比較的短い期間でも生活すれば、その場所での居住の権利を得ることができる場合があるようですが、日本では、同じことをしようとすれば、20年間そこに住み続ける必要があります(6)

まちづクリエイティブでは、松戸市でのモデルケースにおいては、約2万人が住む駅前エリア「MAD City」に絞って活動を行っています。寺井さんは、まちづクリエイティブが松戸市で活動するにあたっては、地主などの発言力のある人と、アーティスト/クリエイターの双方を巻き込むことが欠かせないと
言います。 まちづクリエイティブが取り組む事業としては、まず事務所兼イベントスペースであるMAD City Galleryの運営があります。MAD City Galleryは、元々は自治会のお祭りのときに神輿が収められる場所として使われていた倉庫をリノベーションしているのですが、そこで締結されている賃貸借契約には変わった特約が付いています。例えば年に2回のお祭りのときは、神輿が置かれるためギャラリーから退去しなければなりません。年に2回退去なんてそんなバカな、と思うかも知れませんが、その期間はMAD City Galleryの荷物を置く場所をオーナー側で用意する、という特約も同時に結ばれています。通常の賃貸借契約では考えられない内容の特約も、契約できちんとデザインすることで実現できる1つの例です。 また、MAD Cityでは、道を封鎖して路上でイベントを開催したり壁画を作ったりするなど、各種のイベントも開催されています。寺井さんは、渋谷では、地元の人を思い切り巻き込むイベントはできなかったと言います。壁画を制作したMAD ウォールの後、制作された壁画のある通りは「壁画通り」に正式に改称されたそうです。 さらに、まちづクリエイティブは、アーティストやクリエイターへの不動産の提供を行う「MAD City不動産」の事業を行っています。MAD City不動産は、アーティストの誘致が目的の1つでもあり、巨大な下宿屋を作り、街に魅力的なメンバーを呼ぶことで、街自体を変えていこうという狙いもあります。提供する物件の一つである市内の古民家「旧・原田米店」は、改装後には、20人強のアーティストのレジデンスやアート教室、観光案内所、職人さんの作業スペースとして利用されていると言います。 まちづクリエイティブでは、他にも、空き物件を借りて、平日はカフェ、週末はイベントスペースにしている場所も運営しています。

寺井さんは、現在、MAD City周辺の自治会・町会と共に「松戸まちづくり会議」を結成し、盆踊りや道路利用、壁画制作を運営する分科会を作るなど、組織化した運営を進めています。 例えば、建物に壁画をかく場合には100万円以上の費用がかかりますが、その内訳はほとんど足場の設置や道路誘導の費用で、アーティストの報酬には回らないそうです。しかし、建物の補修工事などの別の目的で既に足場が設置されている場合には、その足場を利用して壁画をかくことができるため、足場の費用がかからず、アーティストの報酬も支払いやすいと
言います。そのため、松戸では、建物の工事を行う際には、壁画をかく話がセットで回ってくるような連絡網が生まれ始めていると言います。 また、道路をパーティ会場に使用するときには道路の使用許可が必要ですが、松戸では、地域のお祭りなどで使用許可を取るためのノウハウや書類が地元自治会などに整っており、彼らが協力して手続を取ってくれる体制があるそうです。

寺井さんは、このような事業を通して、最終的にはコミュニティデザインを行いたいと
言います。アートだけではなく、広い意味でのクリエイティビティが成り立つ街を作ること。寺井さんは、地方都市における防犯の問題、アイデンティティなどの問題も含めて、クリエイターやアーティストと一緒に解決していきたいと言います。 また、寺井さんは、法律は大事なものだが、基本的にはやってはいけないことのリストという性質があって、プロジェクトを進める中でネガティブなものとして捉えられてしまいがちだと指摘します。しかし、複雑で面倒くさい法律、という意識を突破したいと考えており、法律が道具であるなら、使わなければ意味がないと考えているそうです。

大山さんの活動紹介
美術家として、ペインティングやインスタレーション、壁画など幅広い表現形式で活動されている大山さん(7)は、10代の頃にグラフィティ文化に関心を抱き、その影響を独自に消化して現在の表現スタイルに行き着いたと言います。グラフィティには、自分の名前や文字を壁などの公共空間にかくレタリングの造形言語があります。大山さんは、そこでかかれる文字の形や色などのデコレーティブな要素を削ぎ落とし、線の運動そのものが全面化した抽象的なモチーフである「クイックターン・ストラクチャー(Quick Turn Structure、以下QTS)」を見出しました。大山さんの作品では、このQTSが多様なメディア、キャンバスや洋服、建物の外壁や内装などに増殖し、また種々の制作環境やクライアントとのネゴシエーションを経由して多様な姿を獲得して行きます。メディアによって要請されるさまざまな制約のなかでQTSがかかれるたびに、どのように像の一回性が立ち上がっていくかを意識して制作されています。

大山さんは、桜木町ON THE WALLやMADウォールにもアーティストの一人として参加しています。大山さんは、公共空間に設置される壁画という形式は、そのつどの壁の形状やそれを取り巻く環境、地元の人びとの視点や行政の考えなど、さまざまなファクターのなかで制作せねばならず、多くの法律のなかで進められるプロジェクトと共通する側面があるのではないかと
言います。 他方、大山さんの作品には、キャンバスにペインティングをおこなうものもあります。その場合には、美術史のコンテクストに起因する制限やネゴシエーションが現われ、それも1つの枠組みと捉えて表現していると言います。また、表面処理されていない生のキャンバスなのか、そうでないのか、木枠にマウントするのか、壁にピン留めしてかくのか、画材、制作の状況などによっても制約は変わり、文脈が生まれてくると言います。ファッションブランドのコム デ ギャルソンとのコラボレーションでは、QTSが服にかかれました。このときは、デザイナーの川久保玲さんがコレクションに対して持つ強いイメージ、素材の条件、複雑な服の形、歩いているときのフォルムなど、コム デ ギャルソン独特の制約や条件において作品を制作しました。

大山さんのQTSは、街中の壁や建物の内装などの公共空間、また衣服やキャンバスの上など、さまざまなメディアにかかれ、その複数の環境で多様な表現を獲得します。その過程には、もろもろの制約・条件とのネゴシエーションが不可欠であると言います。そこには、法的な意味をも含む周辺環境との対話があり、プロジェクトにおける規制との対峙と近い視点があるように感じます。

MADウォールについて
トークセッションでは、まず寺井さんに、松戸でMADウォールが行われた経緯についてお伺いしました。 松戸での活動を始めて間もない頃、リーガルウォールでの実績があった寺井さんは、オランダから来日していたアーティストZEDZ(8)から、大山さんを通じて、壁画をかく場所がないかという相談を受けました。寺井さんは、松戸で壁画をかく候補地を見つけ、使用可能かどうかを松戸市側と相談したところ、実はその場所には既に壁画が描かれており、ただ描かれてから約30年が経っているため老朽化して絵が崩れ、近隣住民から苦情が出ていることを知りました。壁画を制作する場合には、屋外広告物法(9)、屋外広告物条例の規制に注意する必要がありますが、壁画の補修という意味合いがあり、また地元町会からの申請であったため、初回の申請にも関わらず渋谷では考えられなかったほどスムーズに承認されたとのことです。 寺井さんは、実は法律的な問題を最もクリアしやすいのは、法の運用者である行政の力を借りることだと
言います。法律を書き換えるのではなく、法律の解釈によって問題を解決することができます。そういう意味では、政治家や行政との相互理解を深めることは重要であり、さらに一度前例を作ることが次回の根拠になるので大切だ、というお話もありました。これは一方で、前例の作り方次第ではその後、前例に縛られる危険性もあることも示唆しています。 このように、法律の「解釈」によって問題を解決し、物事を前に進めることができる場合があります。法の解釈は常に一つという訳ではありません。特に解釈に幅がありそうな法律の場合には、解釈によって法的問題を回避する方法がないか検討し、または行政や法律家に相談してみるのも、一つの方法と言えます。

法律は私たちの社会にあるルールの1つに過ぎません。法律以外にも、規範や市場によるルールがあります。また、物理的なルール(アーキテクチャ)といったものもあります。例えば、飲酒運転を禁止する法律がありますが、「飲酒している人が運転しようとするとエンジンがかからない装置」を作ることができれば、法律がなくてもそもそも飲酒運転ができない状況を作りだすことができます。大山さんは、全てがアーキテクチャで決められるのはつまらないかもしれないが、法律ではなくアーキテクチャによってルールが決められることに興味があると
言います。

法律のレイヤーを通して見る都市の風景
また、大山さんは、法律の知識を持つことで、都市空間が異なって見えることに興味があると言います。たとえば、都市空間で、不自然に斜めにカットされたビルや波打つビルを見ることがあります。また、公園の脇に背の高いビルがあったり、一定の高さのビルが並ぶ地域があったりするなど、注意深く見ることで、街並みに埋め込まれた一定の法則を見つけられるかもしれません。これらは、都市計画法や建築基準法などの建築法規のルールが作る風景です(10)。建築法規というレイヤーを通して見ることで、都市や建物の造形的な構造を読み取ることができ、ときに景観が一変して見えることもあるでしょう。大山さんは、都市空間をキャンバスのように捉える視点がグラフィティにあるのと同様に、法律独特の視点で捉えることのできる都市空間はとてもクリエイティブに感じるそうです。

また、寺井さんは、都市のビルに時々見られるポツンと作られたギャラリーについて、ビルの容積率の割増しを受けるために作られた文化施設の場合があると
言います。明確なニーズがあった訳ではないことから、アクセスの悪い場所に置かれた可能性に言及しつつ、ある種の規制によって奇形的に生まれた空間の存在を指摘します。 これについては、例えば、図書館や小学校の200メートル圏内には、性風俗の営業に関する施設を作れないというルールがありますが(11)、このルールを利用して、図書館や小学校を配置することで、その地域での性風俗の営業を排除する、という手法もあります。これは、法規制を利用して作られた都市空間の一例と言えるでしょう。
















(1)「MAD City」という名前は、週刊少年マガジンで連載されていたマンガ「カメレオン」(加瀬あつし作)で、松戸の治安の悪さを揶揄して付けられていたネーミングが由来。街を変えるためにはまず街の名前から変えなければ、ということであえて付けられたとのこと。
(2)MADウォールについては、
例えば、『"MAD WALL" Project in 松戸 レポート』(CBCNET)を参照。



(3)例えば、『アーキテクチャとクラウド―情報による空間の変容』(millegraph)










(4)グラフィティとは、スプレーやマーカーを使って、都市の壁や建物にみずからの名前をかいていく営み、およびその文化総体をいう。所有者に許可を取らずにグラフィティがかかれる場合、民事的には不法行為に該当して損害賠償の対象に、刑事的には器物損壊罪に該当して処罰の対象になる可能性がある。




(5)クリエイティブシティでは、まず、産業的には一見役割のなさそうなアーティストを「クリエイティブコア」と位置付けて誘致する。次に、アーティストを媒介にして、その周辺にデザイナーやプログラマーが集まる。さらに、彼らと共にビジネスを行うことを目的として、商業を行う人が集まる。こうした過程を経て、街の産業が活発になって行く。
(6)民法162条(取得時効)。時効によって所有権を取得するためには、善意無過失で占有を始めた場合には10年、それ以外の場合には20年、その物を占有する必要がある。 





































(7)大山さんの活動については、例えば、以下のウェブサイトを参照。























(8)オランダを中心に活動するグラフィティアーティスト。アナログ/デジタルの双方をフィールドに、建築家やウェブデザイナーなどの他分野とのコラボレーションも多く、日本のアーティストとのコラボレーションもある。松戸では、「MAD ウォール」に参加し、大山エンリコイサム、MHAKと共に壁画を制作している。http://www.zedz.org/
(9)良好な景観の形成・風致の維持、公衆に対する危害の防止のため、屋外での広告物表示などについて規制する法律。地方自治体ではさらに条例による規制が制定されており、東京都では東京都屋外広告物条例、千葉県では千葉県屋外広告物条例などがある。














(10)大山さんが指摘するように、都市や建造物のデザインは、都市計画法や建築基準法といった法律のルールで強く規制されている。これについては、建築家の吉村靖孝氏の著書『超合法建築図鑑』(彰国社)に詳しい。都市空間における建築物のカッティングや色彩が、都市計画法、建築基準法、航空法等のルールによって必然的に生み出されていることを、分かりやすく視覚化し解説を加えた一冊。
(11)風営法281項。