第2回:「リアルスペース」をデザインする/トークセッション

不動産を用いたプロジェクト
次に、寺井さんに、「MAD City不動産」についてお話をお伺いしました。 MAD City不動産は、特徴的な物件を選んで不動産業を行うもので、古民家やビルなどの建物を借り上げて、アーティストやデザイナーなどのクリエイターへの転貸を行っています。クリエイターは、収入が安定しないケースも多く、個人ではなかなか物件を借りられない現状がある中で、まちづクリエイティブが中に入ることにより、クリエイターに住居やスタジオを提供することを可能にしています。物件は改装可能の条件で3年などの期間借り、クリエイターに転貸します。居住したクリエイターが自由に改装できるようにしました(なお、転貸ではなく仲介の物件や、改装できない物件もあります)。 MAD City不動産では、不動産について、通常と異なる内容の契約をしています。例えば、不動産のオーナーとの賃貸借契約には、返還時の原状回復の条項を入れますが、クリエイターである賃借人との賃貸借契約には、返還時の原状回復の条項を入れないそうです。 これは、あえてクリエイターに物件を自由にアレンジさせることで、物件に付加価値をつけて行くのが目的とのこと。アレンジされた物件はすぐにはオーナーには返還せず、そのままの状態で次に借り手となるクリエイターに引き渡されます。そのクリエイターが更にアレンジを加え、それが繰り返されることで、物件には次々に付加価値が重ねられて行きました。一般に貸し出す物件としては価値が付けづらいかも知れませんが、世界に誰か一人でもその物件に価値を感じてくれる人がいれば成立します。寺井さんは、クリエイターの活動が付加価値を作ることを期待していると
言い、クリエイターの手が加わることで実際に価値が上がった物件もあるそうです。 もちろん、最終的にオーナーに物件を返還する際には原状回復しなければなりません。そのため、まちづクリエイティブの契約では、次の借り手をできるだけ見つけられるよう、解除予告の期間を長めに設定するなどの工夫を行なっています。また、次の借り手が見つからないようなアレンジが加えられる可能性もあるため、入居者を募集する際には、家賃を払ってくれそうかどうかだけでなく、クリエイターのセンスも見るそうです。保険をかけられる訳でもないため、リスクはソフト面で解消して行くしかないと言います。

このような取組みは、「クリエイターに物件を提供する」というまちづクリエイティブのプロジェクトを構成する不可欠の要素である不動産を、法律を使ってうまくコントロールしている例と
言えます。第1回のレクチャーで紹介したようなスタンダードな賃貸借契約を、新しい不動産の運用を行うこのプロジェクトのために、うまくカスタマイズしています。 寺井さんは、リアルスペースの利用方法やマネジメントと、そのために必要なリーガルのデザインとを、意識的に組み合わせて利用しています。このような寺井さんの視点は、不動産の活用に留まらず、プロジェクト進行させるための技術として参考になるのではないでしょうか。


当事者間の利害の一致による解決
リアルスペース、特に公共の空間で表現を行う場合には、様々な関係者やルールとの衝突が避けられません。このような衝突を解消するためには、どのような方法があるのでしょうか。

大山さんから指摘があったのは、当事者間の利害を一致させるという方法です。 ここでは、グラフィティのケースが取り上げられました。通常、無許可で壁や建物にグラフィティをかいた場合、壁や建物の所有者は損害を受けたと感じる場合が多そうです。法的にも、民事的には不法行為、刑事的には器物損壊罪に該当する場合があります。 しかし、描かれたグラフィティの作家や内容によっては、所有者がそう感じないこともあります。たとえば、世界的に著名なストリートアーティストであるバンクシーは、その作品がオークションで高額で取り引きされていることもあって、むしろ作品が消されないように保護されたり、無断で作品を消去した行為が問題になったりすることもあります。 大山さんは、このようなケースは、バンクシーと不動産のオーナー、警察、オークションハウスなど各立場の利害をめぐる力学関係が複雑化することによって生まれた状況であると
言います。似た事例は日本にもあり、たとえば、長期間にわたって無断で高架下に絵をかいているアーティストがおり、警察もそのことを知っていたものの、その絵が美術的にも高い技術でかかれていたために黙認されたというケースがあるそうです。大山さんは、当事者がどう思うかが重要で、不動産のオーナーが事後承認できれば問題はなく、著作権のルールを飛び越えて解決できるのではないかと指摘します。 また、大山さんは、ルネサンス期の画家であるアルブレヒト・デューラーとラファエロ・サンティの「版画作品」を制作した、版画家のマルカントニオ・ライモンディの話を引き合いに出します。ライモンディは、ある時期からデューラーの木版画作品を模倣した銅版画作品の制作を始めますが、デューラーには無断で制作していたため、デューラーに訴訟をおこされます。他方で、その後、ライモンディは、今度はラファエロの版画作品を、ラファエロとの共同作品として制作するようになり、ルネサンス期の絵画の普及において大きな成果を残しました。大山さんは、ラファエロの版画作品の場合にラファエロとの共犯関係が築かれていたことが重要であり、これはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)(12)の発想にも近く、法律のルールが当事者間の利害の一致によって変容したもっとも古い例のひとつではないかと指摘します。

この当事者間の利害の一致による衝突の回避は、法的にも説明が可能でしょう。まず、民事責任については、「私的自治」の観点から説明することができます。つまり、「法律」と「当事者の合意」では「当事者の合意」が優先されるので、一見当事者の権利を侵害しそうな場合でも当事者間の合意があれば、基本的には権利侵害は発生しません。また、刑事責任についても、器物損壊罪は親告罪(13)なので、所有者が告訴しなければ起訴されません。そのため、当事者間の合意は、法的にも刑事責任が問われるのを止める効力を持っていると言えるでしょう(14)。 寺井さんは、法律は融通が利かないこともあるが、異なる社会的なシステム、例えば貨幣経済のルールで法律が動いて行くこともあるのでは、と指摘します。貨幣経済的なルールや、それに基づく当事者間の合意をうまく利用することで、より良い当事者間の関係を築いて行くことが可能なのではないでしょうか。

アーキテクチャの作用
また、大山さんは、法的なグレーゾーンが取り締まられると、その周辺にさらにグレーゾーンが生まれてしまい、いつまでも法的な悩みから解放されない当事者が疲弊してしまうのではないかと指摘します。逆に、「アーキテクチャ」に制御されることで、当事者も気づかない無意識の取り締まりが行なわれている可能性も指摘します。たとえば、高架下に無断で絵をかく人がいる場合などには、モスキート音でその空間に人が居づらくすることで、無意識下の排除を行なうことも技術的には可能になってしまうと述べます。

確かに、どのようなルールがあるかを調べたり、それを意識して守ったりしなければならない法律のルールと比較して、無意識でそのルールに従わざるを得ない物理的な(アーキテクチャの)ルールは、それに従うコストが少なくて済むようにも思えます。 他方、法律は国会での決議が必要であり、法の内容を議論する場が担保されていますが、アーキテクチャの場合には、一企業の意思で、しかも法でも実現が難しいような規制にも無意識的に従わせられてしまうため、過度の規制や恣意的な規制を招くおそれもあります(15)

いずれのルールにも一長一短があります。アーキテクチャと法律を始めとして、経済合理性のルール、コミュニティにおける共同体的なルールをうまく組み合わせて、当事者にとって理想的なルール作りを行うことができればベストなのかもしれません。

都市再生法人
最後に、新しい取り組みの可能性として、都市再生法人等を利用したまちづくりについて、寺井さんにお伺いしました。 都市再生法人(都市再生整備推進法人)とは、都市再生特別措置法に基づき、地域のまちづくりを担う法人として、市町村が指定するものです。これにより、指定された法人は公的な位置付けを得ることができ、都市再生整備計画の提案を行ったり、国や市町村からの資金的な補助を受けたりすることが可能になります。また、都市再生特別措置法では、道路や河川敷地などの公共空間の占用許可の特例を行使して事業を行うことができるようになります(16)。本来公共空間の利用は限定的ですが、制度を利用することで、例えば道路を利用したカフェの開設や広告事業の実施も想定されており、公共空間をより積極的に利用できる可能性があります。 このような制度は、国や地方公共団体から民間への権限委譲の一環として進められている不可逆的なトレンドのもとでの施策とのことです。よって先んじて取り入れる必要性があり、まちづクリエイティブでも住民によるイニシアティブの下でまちづくりを行う中で、このような制度の利用が議論に上がっていると
言います。

リアルスペースの古くて新しい法的問題
今回のトークセッションでは、寺井さんと大山さんにそれぞれの立場の視点からご意見を伺い、リアルスペースを巡るトピックについて検討しました。 リアルスペースと法律の関係は旧いものです。そのため、賃貸借契約や行政規制、公共空間における表現行為など、旧来から議論が続けられてきた法的トピックがある反面、インターネットなどの情報環境や制作環境の変化による新たな法的トピックも目立つようになってきています。そのような新しい局面に対応するためには、基礎的な法的知識を押さえつつも、柔軟な法律の運用も必要になるでしょう。そのためには、リアルスペース運用のマネジメントとそれを実現するための法律の設計を、クリエイターやアーティストと法律家との共同作業で行っていく必要があります。両者のまさに「共犯関係」をどのように築いて行けるのか、今後のプロジェクトの運営には重要であることを強く感じました。


















































































(12)「インターネット時代のための新しい著作権ルールの普及を目指し、様々な作品の作者が自ら「この条件を守れば私の作品を自由に使って良いですよ」という意思表示をするためのライセンス。このライセンスを利用することで、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができる。
(13)告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪のこと。親告罪の例としては、器物損壊罪(刑法264条、261条)の他、名誉毀損罪(同法232条、230条)、強姦罪(但し、共犯の場合を除く。同法180条1項、177条)、著作権法違反の罪(著作権法123条、119条1項)などがある。
(14)関連するトピックとして、著作権が非親告罪化した場合の萎縮効果の問題がある。現在、著作権侵害は親告罪だが、著作権侵害が非親告罪化すると、当事者の意思とは関係なしに逮捕/起訴され得ることになる。そのため、著作権を侵害する可能性のある表現行為を自粛するなど、萎縮効果が生まれる可能性が指摘される。この場合にも、CCライセンスなどのライセンスを利用することで、あらかじめ作品の利用に関する著作権者の意思を明示し、萎縮効果をある程度防ぐことができる可能性がある。これも、当事者の合意を利用した衝突の回避の一つの例と言える。
 (15)類似の例として、インターネットにおける利用規約等の問題がある。世界的なシェアを持つAppleやGoogleが独自に設定した利用規約等のルールに世界中のユーザーが従わざるを得ないという現状が既にあり、ルールの決定を誰が行うのかという視点は、今後更に重要になる可能性がある。